東京高等裁判所 平成12年(ネ)1989号 判決 2000年9月25日
控訴人
株式会社A
右代表者代表取締役
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木三郎
同
田中章雅
同
松原祥文
被控訴人
住友海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
植村裕之
右訴訟代理人弁護士
上林博
同
戸田信吾
同
大前由子
主文
一 原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する平成八年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
五 この判決の二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人の控訴の趣旨
1 原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金七七二九万円及びこれに対する平成八年三月二六日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 控訴人の本訴請求の趣旨
右控訴の趣旨2項と同旨
第二 本件事案の概要等
本件は、控訴人所有のプレジャーボート「童号」(本件船舶)が、平成七年七月一四日、徳島県海部郡海部町沖を航行中火災を起こして沈没するに至ったことから、控訴人が、本件船舶について保険契約(本件保険契約)を締結していた被控訴人に対して、本件船舶の船体に係る保険価額である七〇〇〇万円の保険金等の支払を請求しているのに対し、被控訴人が、本件船舶の右火災による沈没事故は、控訴人の業務に従事中のその使用人である本件船舶の乙山船長の故意によって生じたものであるから、本件保険契約の約款の定めにより被控訴人は保険金の支払義務を免れることとなるとして、控訴人の請求を争っている事件である。本件の争点は、専ら、右の火災が乙山船長の故意による放火行為によって発生したものと認められるか否かの点にある。
本件に関する当事者双方の主張は、原判決がその「事実」欄の「第二 当事者の主張」の項で摘示しているとおり(ただし、原判決五頁六行目に「原告会社の本件船舶が」とあるのを「保険証券記載の本件船舶について、」に改め、同七行目に「保険証券記載の船舶に」とあるのを削除する。)であるから、右の摘示(ただし、控訴人の被控訴人に対する請求に関する部分に限る。)を引用する。
第三 当裁判所の判断
一 本件保険契約の存在等
控訴人所有の本件船舶について本件保険契約が締結されていること、また、本件船舶について本件火災による本件事故が発生したことについては、いずれも当事者間に争いがない。これらの点は、原判決がその「理由」欄の第一の一及び二の各項(原判決一七頁五行目から八行目まで)において説示するとおりである。
二 本件事故及び火災の原因について
1 本件船舶の構造、本件火災に至る経緯等
本件船舶の構造は、原判決がその「理由」欄の第一の三の1の項(原判決一七頁一〇行目から同三一頁五行目まで)で認定するとおり(ただし、原判決二三頁四行目に「設けられてた。」とあるのを「設けられていた。」に改める。)であり、また、本件火災に至る経緯、本件火災の発生の状況等に関する原審原告乙山の供述内容等、さらには、被控訴人が本件火災の原因を調査するために右の原審原告乙山の供述をもとに行った実験の結果等は、原判決が同じくその「理由」欄の第一の三の2ないし4の各項(原判決三一頁六行目から同五五頁一行目まで)で認定、説示するとおり(ただし、原判決三六頁一一行目に「林及」とあるのを「林及び」に改める。)である。
すなわち、本件火災の出火状況の唯一の目撃者である乙山の供述内容によれば、本件火災は機関室内において発生したということになり、その発火源としては、排気ガスにより高温に加熱された排気管が考えられるところである。ところが、被控訴人の行った火災原因調査実験の結果等からすると、何者かの故意による行為(放火行為等)が無かったものとすると、燃料油系のパイプが破損し、油分が高温の排気管に当たり、さらに電気系統の故障による火花が発生するといった偶然の事態が重なるのでなければ、原審原告乙山の供述にあるような態様で本件火災が発生する可能性は少ないものと考えられることとなるのである。
2 本件火災が故意の放火行為によって引き起こされた可能性
(一) 過失による出火、自然発火の可能性
前記認定のような本件火災に至る経緯等からして、その出火場所であったものと考えられる機関室に出入りしていた荒井あるいは乙山の過失行為によって本件火災が発生したという可能性はほとんど考えられず、また、自然発火の可能性については、排気ガスで加熱されることによって高温状態になっている排気管の熱がその発火源になったということが考えられるものの、前記の実験結果からして、その可能性も低いものと考えられることは、原判決がその「理由」欄の第一の三の5の項(原判決五五頁二行目から同六二頁一行目まで)で説示するとおりである。
(二) 故意の放火行為による出火の可能性
これに対し、本件火災が人為的に引き起こされたものとすれば、それは、船長の乙山の関与の下に、本件船舶の出航後にその機関室に何らかの工作がされることによって行われたものと考える以外ないものというべきところ、本件火災の発生状況等に関する右乙山の供述の内容に、客観的事実とは整合しない点があるように考えられ、また、その火災の目撃状況等に関する供述内容にも、不自然とみられる点があることは、原判決がその理由欄の第一の三の6の項(原判決六二頁二行目から同七四頁五行目まで)において説示するとおり(ただし、原判決六九頁五行目に「右舷機主機関前方」とあるのを「右舷主機関前方」に改める。)である。このように、乙山が本件火災の発生状況等について積極的に虚偽の供述を行っているようにもみられることからすると、本件火災が乙山の積極的な関与の下に行われたものではないかとの疑惑を否定できないものというべきことは、右の原判決の説示にあるとおりである。しかも、被控訴人の行った前記のような火災原因調査実験の結果からして、本件火災が何らかの理由による自然発火によって発生したという可能性は低いものと考えざるを得ないことも、原判決の理由欄の第一の三の前記5の項及び7の項(原判決七四頁六行目から同七六頁二行目まで)の説示にあるとおりである。
これらに加えて、本件にみられる種々の間接事実(本件火災発生後の控訴人側関係者である乗船者らの本件船舶からの退船経緯が異常とみられるほどスムーズであること、乙山の行動にも納得し難い部分があること、甲野会長の行動や供述にも疑問点があることなど)をも勘案すると、本件火災が乙山の故意による何らかの関与による放火行為によって引き起こされたものとすることにも、合理的な根拠があるものと考えられることは、原判決の理由欄の第一の三の8の(一)及び(二)の各項の説示(原判決七六頁三行目から同九七頁九行目まで)にあるとおりである。
3 故意の放火行為があったものとすることに対する疑問
しかしながら、本件における各証拠を子細に検討すると、本件火災が乙山の故意による何らかの関与に基づく放火行為によって引き起こされたものとすることには、なお、次のとおり、容易に払拭し難い多くの疑問点があることも、否定することができないのである。
(一) 他から気付かれずに放火行為を行う困難性、時間的余裕等
本件船舶が平成七年七月一二日に磯子を出航してから七月一四日午前八時三五分ころの本件火災の発生の時点までの航行中、富永物産から派遣されたメカニック(エンジニァ)である荒井が、おおよそ三〇分おきくらいに一回程度の頻度で機関室に入り、機関に異常のないことを確認するなどの作業を行っており、本件火災発生当日である七月一四日の午前八時ころ日和佐港を出航した際も、荒井は、出航前から機関室に入って機関の点検作業に当たり、一〇分ないし一五分間機関室内にとどまっており、本件火災が発生したのは、乙山が機関室を出てきた荒井から機関に異常のないこと等の報告を受けた午前八時三〇分からさほどの時間を経過していない時点であったものと考えられることは、前記引用に係る原判決の認定にあるとおりである。しかも、乙山は、本件船舶の航行状況に異常を感じた時点で、操舵室内にいた荒井に対し、「お前入れよ」と怒鳴って、機関室内に入るよう促すという行動を取っていることも、前記引用に係る原判決の認定、説示にあるとおりである。
ところで、本件火災が人為的に惹起されたものとすれば、それは、七月一四日の本件船舶の日和佐港の出航後に、乙山らの手によって機関室において何らかの工作が行われるという態様で引き起こされたものと考えざるを得ないことは、原判決も説示するとおりである。しかし、前記のような当日の日和佐港出航後の時間的経過や荒井の機関室への立入状況等からすれば、乙山が、荒井さらには他の乗船者の誰にも気付かれることなしに、本件船舶の機関室内において本件火災を発生させるための工作を行うということは、そのための時間的余裕という観点からしても、相当に困難なことであったものといわざるを得ないところである。仮に、乙山において、本件火災を人為的に発生させるという計画をあらかじめ有していたものとすれば、荒井の存在は、その計画の実行にとっては極めて大きな支障になるものとみるのが素直な見方というべきであり、乙山や甲野会長が、無理をいってまで本件船舶に荒井をわざわざ乗船させていたという事実は、むしろ、右のような計画があったことを否定すべき事情となるものというべきである。この荒井を本件船舶に乗船させたことをもって、放火行為の不自然性に対する疑惑をあらかじめ払拭しておくための工作であったとするのは、あまりにもうがちすぎた見方というべきである。
(二) 放火行為を行う動機
本件船舶は、永年船舶を用いたレジャーを趣味としており、一級小型船舶操縦士の免許をも有している(甲第三七号証)甲野会長が、IHIに特注で建造させた船舶であり、その建造費として二億円もの費用を要していることは、前記引用に係る原判決の認定にあるとおりである。しかも、本件船舶については、建造後毎年多額の費用をかけて改修、整備を行ってきており、本件事故の直前の平成七年六月にも約一八七五万円もの費用を要する改造、修理が行われており(甲第一〇、一一号証)、また、本件事故当時のその簿価は、本件保険契約における船体の保険金額である七〇〇〇万円をはるかに上回る一億四五四三万円余となっていたことが認められるのである(甲第八、九号証)。しかも、不動産業、金融業等の事業を営む控訴人会社(乙第六五号証)については、社員の研修という名目の下に、毎年夏季に本件の場合と同様の贅沢で豪華なレジャーを兼ねた旅行を実施していることなどからして、敢えて放火行為を行うまでして本件の保険金を取得することを必要とするような金銭面での事情があったもののようにもうかがえないのである。
このような事情からすれば、控訴人会社の甲野会長や乙山において、右の保険金を取得する目的で故意に本件事故を発生させるということは、常識的にみて、極めてその動機に乏しいものと考えざるを得ないところである。
(三) 放火行為を行った場合の危険性
本件火災の発生から荒井を始めとする乗船者の退船に至るまでの経緯は、前記引用に係る原判決の認定にあるとおりであり、本件火災の当時、航行予定時間が二四時間未満の場合であってもその最大搭載人員が一五人である本件船舶に、甲野会長、乙山に荒井をも加えて、合計一二名もの多数の者が搭乗しており、しかもその中には、この種の航海には不慣れな女性三名も含まれていたのである(甲第一号証)。これらの乗船者に対する面接聴取の結果(乙第二九ないし三八号証)によれば、これらの乗船者が本件火災の発生に伴い本件船舶から退船するに至る状況は、前記引用に係る原判決の説示にあるように、一面では不自然なまでに適切、迅速なものであったものとみられる節があったものといえないではないにしても、素直な見方としては、むしろ、緊迫した、危険なものであったものと考えられるところである。すなわち、これらの乗船者が本件船舶から退船してライフラフトに乗り込むころには、本件船舶から大量の煙が出て、メラメラと火の燃える音も聞こえるような状況となり、ライフラフトに乗り移った後も、本件船舶が爆発する危険から逃れるためラフトを漕いで本件船舶から離れようとしたもののなかなか離れることができず、一〇メートルないし二〇メートル離れたところで本件船舶が完全に燃え上がるという危険な状態となったことが認められるのである(特に、乙三二号証の外川興亜紀に対する面接調査結果等)。当時、天気が良く、海面も波のない凪ぎ状態であり、しかも、付近で太刀魚漁を行っていた漁船があり、本件火災に気付いて救助に駆けつけてきてくれたため、乗船者全員が怪我もなく救助されるという結果となったものの、これは、見方によっては、予期し難い幸運によるものであったとも考えられるところである(乙三一号証の外川照嗣に対する面接調査結果等)。
仮に、控訴人会社の甲野会長や乙山において計画的に本件火災を発生させようとしたものとすれば、乙山らにとって、その計画が、場合によってはこのように自社の社員や近親者である乗船者のみならず自分自身の生命に対しても危険をもたらしかねないようなものであることは、十分に予測できる事柄であったものというべきである。前記のとおりの金銭的な面からする動機の乏しさをも考慮すると、乙山らが、このような危険を冒してまで、あえて計画的に本件火災を発生させるという行為には、合理的に考えて、甚だ理解し難いところがあるものといわざるを得ないのである。
(四) 放火行為によるのでない発火の可能性
確かに、本件火災が何者かの過失、あるいは本件船舶の機関等の不具合、故障等によって発生したという可能性は、前記のような被控訴人の側で行った火災原因調査実験の結果等からして、低いものと考えざるを得ないところである。
しかしながら、右の実験が、乙山の供述内容等を前提とし、関係図面等を基に本件船舶の機関室内に近似する空間を再現し、コンピューターを使用して物理的な計算を行うなどの方法によって行われたものであることからすると、その実験の行われた環境と現実に本件火災が発生した際の機関室内の状況とが完全に一致するものであることが理論的にみて保証し難いものであること、また、実験設備内で加熱された排気管に可燃物を滴下するといった方法で行われた右の実験結果が、現実の本件船舶の機関室内での燃料油等による発火のあらゆる可能性をすべて考慮したものとまですることが理論的にみて困難なものであることは、当然のことというべきである。例えば、右の実験結果(乙一七)では、機関室内の燃料タンク及びこの燃料タンクから燃料ポンプまでの部分のパイプが破損した場合は、噴出した軽油は排気管に到達し得ないことがコンピェーターシミュレーションの結果によって判明し、他方、燃料ポンプから先の燃料供給パイプに破損が生じて燃料が噴出したという場合については、パイプが完全に破損すれば、シリンダーに燃料が供給されなくなって、即時に主機関が自動停止すること、パイプの一部破損の場合であっても、必要とされる燃料消費量分が不足するほどに燃料が噴出すれば、主機関に十分な量の燃料が供給されなくなり、主機関の回転数が下がり異常を生ずることとなることなどを理由に、このような経過による火災発生の可能性は否定されるべきものとし(乙五一)、また、主機関自体については、本件火災発生当日朝の出航時の点検においてその調子が良かったものとされていること(原審原告乙山本人尋問(第一回)の結果及び荒井証言)、また、トラブルがあって主機関が停止した場合には、燃料油が供給されなくなってしまうことなどからして、主機関の異常から火災が発生した可能性は否定されるべきもの(土井証言)とされている。しかし、これらの判断においてその前提条件等とされているところが、本件火災発生時における機関室内においてもすべて充足されていたものとすることが理論的に不可能であることは、いうまでもないところである。したがって、その確率をどの程度のものとみるかは別として、このような実験結果にもかかわらず、本件火災が乙山らの故意行為以外の理由によって発生したという可能性も、これを全面的に否定してしまうことはできないものといわざるを得ないところである。
しかも、本件船舶については、その建造当初から、エンジン(主機関)の調子が悪く、エンジン部分が黒煙を吐いて火災事故と間違われるといったトラブルが何度もあり、高額の費用をかけて整備、改修を行うという事態が繰り返されてきており(甲第一〇、一一号証、甲野証言、原審原告乙山本人尋問(第一回)の結果)、さらに、本件事故の前年である平成六年の七月九日には、機関室内の排気管ラッキングにステアリングオイルが付着して出火するという火災が発生し、そのときは消火器での消火によって大事にまでは至らなかったという事件があったことが認められるのである(甲第一一号証、乙第四七号証、証人甲野の証言、原審原告乙山本人尋問(第一回、第二回)の結果。なお、被控訴人は、この平成六年の火災事故は、排気管に少量ずつの油が掛かってラッキングに浸透し、それが燃え出したものと考えられ、したがって、短時間のうちに大炎上を生じた本件火災とは異なる態様の火災であったものと考えられると主張する。しかし、右の各証拠によれば、右の平成六年の火災も、四〇ないし五〇センチメートルの高さの、天井に届くような火柱が上がり、本件船舶の後部デッキのエンジン場の床板を開けて、消火器による消火を行うことによってようやく消火することができるという態様の火災であったことがうかがえるのであり、これが本件の火災とは全く態様を異にする異質の火災事故であったことを裏付ける資料等は見当たらないものというべきである。)。前記の火災原因調査実験の結果が、本件船舶の機関室内における人為的な作為以外の原因による火災発生の可能性をすべて否定するものであるとするなら、右の平成六年七月の機関室内の火災についても、その原因はむしろ不審なものという以外にないこととなってしまうのである。
また、本件火災の発生状況やその目撃状況に関する乙山の供述等の内容に、客観的事実と整合しない点や不自然とみられる点があることは前記のとおりである。しかし、そもそもこれらの供述が、船舶内での火災という異常事態発生時の混乱した状況下での、しかも瞬時の目撃内容等をも含むようなものであることからすると、その内容に認識の誤りや記憶の誤りが含まれている可能性も、否定できないところというべきである。さらに、本件火災が乙山らの故意行為によって人為的に発生させられたものと考える場合においても、前記のように荒井らに気付かれることなしに機関室内において何らかの工作を行うための時間的余裕に乏しい状況の中で、どのような方法、態様による工作を行うことによって、乙山らが本件のような火災を発生させることができたかという点については、本件に提出されている全証拠を精査しても、その具体的な方法、態様等を推認できるだけの的確な証拠は見当たらないのである。
これらの証拠関係等からすれば、前記のような火災原因調査実験の結果にもかかわらず、本件火災が乙山らの故意による放火行為以外の原因で発生したという可能性を否定してしまうことには、なお疑問が残るものといわざるを得ないのである。
三 控訴人の被控訴人に対する請求について
本件保険契約の対象となっていた本件船舶について本件火災による本件事故が発生したことについて当事者間に争いがない本件にあっては、本件火災が、前記認定のようなその態様等からして、特段の事情のない限り、社会通念上偶然の事故によって発生したものと推認されるものというべきであるから、控訴人からの保険金の請求に対し、被控訴人が本件保険契約約款中のいわゆる免責約款に定める免責事由があるものとしてその支払を免れるためには、被控訴人の側において、右の特段の事情に該当する事実、すなわち、本件保険契約の約款上の免責事由に該当する事実である本件火災に乙山が故意に関与したとの事実について、その立証の責任、負担を負うこととなるものと考えるのが相当である。
ところが、本件火災が乙山が故意に関与した放火行為によって引き起こされたものとすることに、一方ではこれを肯認するに足りる合理的な根拠があるようにもみられるものの、他方でまた、これを疑問とせざるを得ないような多くの問題点があることを否定できないことが前記のとおりである以上、結局、本件にあっては、右の免責事由に該当する事実を認めるにはなお足りないものとせざるを得ないこととなるものというべきである。
そうすると、前記認定のような本件事故当時の本件船舶の簿価の状況等からしても、控訴人は、本件事故による本件船舶の沈没により、少なくとも本件保険契約によるその船体の保険価額である七〇〇〇万円を上回る損害を被ったこととなるものというべきであり、したがって、控訴人が被控訴人に対して七〇〇〇万円の保険金の支払を求める本訴請求には理由があるものというべきこととなる。
さらに、控訴人は、被控訴人が本件保険金を任意に支払わないことが不法行為に該当するものとして、控訴人が本件訴訟のために要した弁護士費用七二九万円に相当する損害の賠償を求めている。しかし、前記認定のような事実関係からすれば、被控訴人が本件保険金を任意に支払おうとしなかったことが不法行為に該当するものとまですることは困難なものといわざるを得ず、したがって、控訴人のこの損害賠償の請求には理由がないものというべきである。
第四 結論
以上によれば、控訴人の本訴請求をすべて棄却した原判決は失当であるから、これを取り消して、控訴人の本訴請求のうち、本件保険金の支払を求める部分を認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 合田かつ子 裁判官 宇田川基)